僕たちはどう生きるか

2018年7月11日

野中です。


僕は、
「死生観」を大事にしています。


辞書的な意味の「死生観」とは、
生や死への判断や、行為の基盤となる考え方のこと。


まあ簡単に言ってしまうと、
”死をどういうものとして捉えているか”と言うことです。


どうして重要視しているかと言うと、
陳腐(ちんぷ)な言葉になってしまいますが、


「死の部分」を意識することで、
「生の部分」がより一層輝けるからです。


「光」を強くするためには、
その対比として「陰」を強くするのが良いんじゃない?
と言うこと。




せどりで一時的にお小遣いをする位なら、
「死生観」なんぞいらないでしょう。


しかし、
長く稼ぎ続けるための必要教科の候補を
ピックアップして横並びに並べたとしたら、

・準必須科目

くらいの位置づけにはなると僕は思っています。




私ごとですが、
つい先日、
非常に懇意にしていた親戚が
比較的若い年齢で亡くなりました。



それまでは、
若い方の死に直面すると、
自己への教訓として、 大体以下のようなことを考えていました。


「ある日突然、一生を終えてしまうことが
現実のものとして起こりえる。

だから、人生の幕がいつ閉じても良いように、
今のうちから、やりたいことや好きなことをしておこう。
決して後悔を残さないようにしよう。」

と。



しかし、
今回お葬式に参加して、
しばらく経ってみると
この考え方が変わりました。


この考え方のままだとマズイぞ、と。



考え方そのものは「至極全う」だとは思いますが、
より高いレベルで統合したと言いましょうか。


「死生観」がバージョンアップしたわけです。


今回はその内容についてお伝えしていきます。


この考え方を強く持つと、
大変なことになると言う詳細や理由は後述します。

人生はいつ終わるのかのタイミングが不明確

 

僕が生きる上で
一番やっかいに思っていることの一つに、


”人生の終焉のタイミング”が”いつ訪れるのか”が、
全く検討がつかないと言うのがあります。



仕事で言う定められた明確な「締切」が、
命にはありません。


そのタイミングをあらかじめ予測できていたら、
締切間近に必死に穴埋めする、
に近いことができるのかもしれませんが、
残念ながらそれも叶いません。



僕は仕事では「締切」があった方が頑張れるので、
いつ終わるのかが分からないフワフワした感じに、
やりにくさを覚えるわけです。


A型なものですから笑




「いつ訪れるか分からないから何でもいいや~」
みたいに、
さすがに無策で望みたくはないので、
分類してみました。



死が訪れるタイミングを


・年齢的なバラつき加減
(あまり年齢が類似したものだと、分類する意味がない)

・そこそこ起こりえそうな確率の高さ


で、分けてみます。


4つになりました。


--
【人生がおわりそうなタイミング】

①(上記の親戚の例のように、)
ある日突然バッタリと亡くなる


②まだまだこれからと言う年齢なのに、
大病をわずらって亡くなる


③平均寿命くらいで亡くなる


④平均寿命を遥かに超えてから亡くなる
--


みたいな感じ。



この中でさらに高い確率で実現しそうなものは、
③~④かな?


③が本命、
④が対抗、
①~②が大穴、

と言ったところでしょうか。



あんまり多岐まで想定しても、
脳みそが追っつかないので、
大体以上のタイミングを想定することが、


「いつ死ぬのか分からない」に対する、
現実的な対策かと思います。

「全てに対応して生きる」


「死に訪れるタイミング」の予測を付けたら、
次は、
”どう生きるのか”を考えてみます。


締切ぽいものが4つもあって、
それらがいつ来るのかも分からんのです。


仕事だったら、やりにくいこと極まりない笑



で、そんな人生(誰もが同じような宿命の人生です)に
どうやって向き合ったら良いかと言うと、
結局のところ、


「全てに対応して生きる」


しかないかなと思っております。




「全てに対応して生きる」とは、


--
【人生がおわりそうなタイミング】

①ある日突然バッタリと亡くなる
⇒大穴

②まだまだこれからと言う年齢なのに、
大病をわずらって亡くなる
⇒大穴

③平均寿命くらいで亡くなる
⇒本命

④平均寿命を遥かに超えてから亡くなる
⇒対抗
--


とは、ボンヤリと意識しつつも、
どれが起きても良いように生きると言うことです。


馬券の例を引っ張ると、
特に起こりそうなものを大量に買いつつ、
それでも全買いする感じ。



野球の守備では、
「いつ」自分のところにボールが飛んで来るかは、
分からないと言われています。


まあそりゃ、プロレベルになると、
ピッチャーの投げている球種や、
その時の状況なんかをトータルで考えて、
「予想」くらいはしているはず。


しかし、

3球目に自分のところにボールが来るだろうから、
それ以外はサボってていい、


なんてことは考えたりはしていないでしょう。


「毎回」ボールが飛んで来ると思って守るそうです。



何となく意識をしつつも、
いつ来ても良いように心構えを持っておく。


今回お伝えしている「死生観」と
非常に近い例かと思います。

バランスを欠くと無残(むざん)になる

 

「全てに対応して生きる」しかないと思うのは、
逆説的で、
上記の死ぬタイミングを確定的に予測した
「偏った生き方」をすると、
割に悲惨なことになりうるからです。




分かりやすくするために、
テーマを少し絞ってみましょう。


例えば、お金を例にした場合。



>①ある日突然バッタリと行くこともある。


これを目のあたりにして、
この死生観を強くした場合。


文頭で述べた、


>「ある日突然、一生を終えてしまうことが
>現実のものとして起こりえる。
>
>だから、人生の幕がいつ閉じても良いように、
>今のうちから、やりたいことや好きなことをしておこう。
>決して後悔を残さないようにしよう。」

の考え方にほぼイコールです。



冒頭ではあまりこの考え方はよろしくないと書きましたが、
それはなぜかと言うと、
この考え方が偏って強いと、
「今のこと」しか考えなくなるからです。



お金の使い方で、「今のこと」しか考えない場合、


・貯金
・自己投資


は「未来への行為」なので、
かなり減るはず。


短期的な快楽を得られるものに、
お金を使いがちになるでしょう。


今をすっごく楽しんで生きているように見えるので、
その人のことを深く知らないと、
一見魅力的に見えたりするのが困ったもの(苦笑)



しかし、
その生き方をずっと続けて、


>③平均寿命くらいで亡くなる


幸か不幸か、平均寿命を向かえてしまった場合。
(男性は78歳、女性は87歳くらい)


貯金も全くなし。
自己投資もしていないのレベル1で、
向かえる78歳。


(実際は78歳を向かえるだいぶ前から、
悲惨な状況に両足を突っ込んでいます)


うーん、これは酷い。


目も当てられない状況になります。




別の例に生きましょう。

>④平均寿命を遥かに超えてから亡くなる

を偏って強く大事な信念とした場合。 


こちらは目に見えて悲惨な状況にはならんのですが、
かと言って幸せかと聞かれたら微妙です。



ある実験で、
自分の老け顔を参加者に見せたそうです。
(スマホのアプリである)


何十年後かの自分の顔を見ると、
歳を取ることへの現実味が増して、
貯金に回す額が増えたそう。


なので、
上記とは逆の、


・貯金
・自己投資

は「未来への行為」なので、
こちらへ回すお金が大幅に増えるはず。



まあそれはそれで良いことなのかもしれませんが、
つまんない人生になりそうです笑


楽しむことにお金を費やさなくなりそうだからです。







以上、述べさせて頂いた死生観が偏っている2点の例は、
やや極端ではあるものの、
良い結果を生みそうもないと言うのが、
お分かり頂けたのではないかと思います。




今回は、
分かりやすく「お金」と言うテーマで例に出しましたが、
他にも、


・恋愛や家族関係

・人間関係

・健康

に対する価値観であっても、
死生観は非常に大きな影響を及ぼします。


偏ったものを持ってしまっていると、
これらも崩壊的なものや、
地味に味気ないものになってしまうでしょう。

僕たちはどう生きるのか まとめ


長くなってきたので、まとめます。



〇自分の死が訪れるのは、
いつかは分からない


〇かと言って、何も考えずにノホホンと過ごすのは、
あまりおすすめしない

〇死が訪れるタイミングの代表である・・・

--
【人生がおわりそうなタイミング】

①ある日突然バッタリと亡くなる
⇒大穴

②まだまだこれからと言う年齢なのに、
大病をわずらって亡くなる
⇒大穴

③平均寿命くらいで亡くなる
⇒本命

④平均寿命を遥かに超えてから亡くなる
⇒対抗
--

くらいのつもりで生きる


〇一見、正しく思える、、、

「ある日突然、一生を終えてしまうことが
現実のものとして起こりえる。

だから、人生の幕がいつ閉じても良いように、
今のうちから、やりたいことや好きなことをしておこう。
決して後悔を残さないようにしよう。」

みたいな価値観を強く持ちすぎると、
バランスを崩してしまい悲惨なことになりうる。


〇極端に偏らずに全てをありうるものとして、
バランス良く生きるのが、
野中のおすすめである、


なぜなら、
バランスを欠いたものがよろしくないのなら、
あとはもう「バランスを取る」しかないから、


と言うことです。




実際問題、難しいと言うか、
僕も実のところは上記を全て万遍なく意識した
「バランスの良い人生」みたいなものは、
送れている手応えはそれほどありません。


まあ、それでも、
意識としては大きなものを置こうと思っております。


なんせ、
自分の人生なのですから。




追伸

色んなアドバイスをくれる相手が
「死のタイミングをどこと思っているのか」
ってのは、探りながらその人の話を
聞くのもおすすめです。


そうすると、自分の中でアドバイスに
修正を効かせられるんですよ。



例えば、
老後のための資産形成セミナーなんかで、

「平均寿命まで生きたとすると、~~~~万円必要です」

みたいに言われたりします。



この場合は、

>③平均寿命くらいで亡くなる

は想定していますが、

>④平均寿命を遥かに超えてから亡くなる

は想定していないことになります。



と言うことは、
その講師の方のモデルケース通りに
資産を構築したとしても、
お金的には④までは対応できていないわけです。


「全てに対応して生きる」を実践すると、
それだけだと足りないので、
この場合は、

「もっと稼ぎましょう」

と言うことになります。



「全てに対応して生きる」を
現実的に実践しようとしたら、
人生の中でも難易度は屈指とは言っても過言ではありません。




追伸2


ちまたで言われている平均寿命ってのは、
「0歳の赤ちゃんを基点」とした場合に、
”平均であと何年生きるのか”を、
示した数字です。


当然、僕らは赤ちゃんではありません笑



「今の年齢を基点」とした場合は、
また数字は変わってきます。


自分が平均であと何年生きるのかを、
知りたい場合は、
年齢ごとの「平均余命」と言うものを参照します。



そのデータの一覧表があったので、
貼り付けておきます。


主な年齢の平均余命




今、
男性で40歳の人は、
平均ではあと41歳生きるそうです。


追伸3

ややお久しぶりなので、
書きたいことが山となっております。


近況報告とかも含めておいおい書いて行きます。



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