プロフィール

月商400万円程度粗利益100万円程度を
今でこそ、ほぼほったらかしで安定して稼ぎ続けています。

しかし、せどりに出会う前は、180度真逆の状況でした。

職もなく、お金もありませんでした。

5人前で88円のパスタに醤油をかけて食べる
”悲惨な生活”をおくっていました。



「どうやってここまで稼げるようになったのか」
その経緯を過去の回想とともに、プロフィールにまとめました。


良かったら、読んでみてください。

稼げるようになるヒントが得られると思います。

投げ出した就職活動

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大学生活もそろそろ終盤戦にさしかかってきたころ。

就職活動についていけなくなりつつありました。

落ちこぼれ就活生、と言ってもいいかもしれません。


1つとして内定をもらうことはできませんでした。 

虚しさだけが募っていきます。



体にも「負荷」がかかっているのを感じます。

疲労やストレスが、蓄積していました。


面接の前日になると、発作がでます。

小判みたいな大きさのじんましんが、
いたるところに出てきます。

突発的に、体の震えが起こることもありました。



そしてついに限界が訪れました。

ある企業から不採用の連絡をもらったときのことです。 


携帯電話のボタンを押すと、
「緊張の糸」がプツリと音を立てて切れました。


力を込めても、体が動きません。

体力も気力も完全に底を尽きました。

就職活動をドロップアウトすることになりました。


全財産9万円

 

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携帯の電源ボタンを長押しして、
自分の体を「外部」から遮断しました。

心身共に疲れ果てていただと思います。

それからの3日間は、死んだように眠りました。


目が覚めてからは、
「心の療養」につとめました。


食っちゃ寝したり、
漫画をダラダラと読んだり、
無目的にネットサーフィンしたりと。


時間がの経過とともに、
「抜け殻」のようだった表情にも
血の気が少しずつ戻ってくるのがわかります。


気力と体力の回復。

それ自体は、歓迎すべきことなのですが、
同時に、自分の置かれた状況も冷静に見られるようになってきました。



就職活動を止めてしまったわけですから、
働き口は当然ありません。


今もなお頑張っている友人のことを思うと、
焦りが募ります。

「状況のヤバさ」を思うと、
ため息が止まりません。



就職活動は諦めた。

かと言って、

起業するほどスキルや人脈を持っているわけでもない。
お金も度胸もない。 


「この先の人生を、
いったいどうやって生きていくのだろうか。」

先の見えない不安に、
押しつぶされそうになりました。



それだけではありません。

さらに、「差し迫った問題」を抱えていました。 


来月の生活費すらも底をつきかけています。



こういうときに頼るのは親兄弟と相場が決まっていますが、
僕の場合はそうもいきませんでした。


就職活動をやめたことを親に伝えると、
仕送りが止まりました。


就職活動をしていなのだから、
アルバイトする時間はあるだろう
と。

至極もっともな理屈を添えられて。



「残っているお金はいったいいくらなのだろう」

通帳と財布を机の上に置いて数えました。


〇財布の中にある1000円札が9枚

〇銀行の口座に入った82000円の預金

〇それと、わずかな小銭

のみ、、、

何度数えても、

目をこすっても数字は増えません。


全財産は紛れもなく、たったこれっぽっちでした。


極貧生活


お金がなくて最も「キツかった」のは
「食」にお金をかけられないことでした。

ファーストフードとかコンビニのお弁当であっても、
数百円の食事は、当時の僕には「高級品」です。


5人前で88円のパスタを茹でて、
醤油をかけて食べていました。


炭水化物に調味料をかけただけの代物。

2週間「それのみ」の食生活を
続けたこともあります。


この時は、乾麺の臭いをかいだだけで
胃の億からこみ上げてくるものがありました。  


それでも、食べるものは他にありません。

吐き気と戦いながら、喉の奥に詰め込みます。

水で流し込んでいました。



どうにかして、お金を稼がないと、
明日の食事すらもままならない・・・

そんなどん底の時に、
本屋で出会ったのが、「転売」という手法です。


廃品回収を拾ってヤフオク!で売る


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2003年当時はヤフオク黎明期で、
本屋にはちらほらと関連書籍が置かれはじめていました。


1冊の本を偶然手にしたことがきっかけで、
今に繋がっているので、人生とは面白いものです。


「ヤフオクで稼ぐ20の方法」のような
タイトルだったと記憶しています。



「ヤフオクで売る商品の見つけ方」を
何通りも紹介している本でした。



自分の不要品を売ってお金にしよう!
(そもそも売れるような不要品を持っていない)

とか

卸問屋に電話を掛けて交渉しよう!
(そんな度胸も、取引のお金もない)

とか、(僕にとっては)無理難題な方法が並んでいる中に、
一つだけ目にとまる方法がありました。


「自分でもできる”飯の種”はないだろうか?」

と目を血まなこにして、探し続けたのが良かったのだと思います。


その内容は、
「読まなくなった本を出品しましょう」
と言う内容でした。



当時住んでいたのは、大きな集合団地。

廃品回収の前日になると、
集積場には古新聞や古本が積み重ねられます。


その光景を脳裏に描きながら、

「キレイな本を拾って、ヤフオクで売ればお金になるかもしれない・・・ 」

と、頭を回転させます。


家に帰ってから、”その日”が来るまでは
いてもたってもいられませんでした。


ついに来た”その日”には胸をドキドキ言わせながら、
廃品回収拾いを実行。

きれいそうで、売れていそうな雰囲気のある
書籍と雑誌を20冊ほど拾いました。

ガサゴソと漁りながら、
世の中には知らない本や雑誌がたくさんあるんだな、
と思ったのを覚えています。





そして・・・

もくろみは見事当たりました。

はじめた売れたのは、週刊ダイヤモンドという雑誌の12冊セット。


買ってくれたのは、兵庫県に住む中国人の方。


売れた金額を表す「1700」の文字が
ゆうちょの通帳に印字されたのを見て、 心の奥がふるえました。


「ビジネス」と呼んでいいのかはわかりませんが、
雇われることなく「自分の力」で、
お金を稼いだ初めての体験。

2000円にも満たない金額ですが、
その何十倍もの「重み」を感じました。


「売れた安心感」と、「お金を手にした興奮」が入り交じった感覚が
体中を突き抜けます。

軽い身震いとともに、
気がつくと、全身に鳥肌が立っていました。


このときの高揚感は、死ぬまで忘れないと思います。

週刊ダイヤモンド 2013/3/30号「最強の武器 統計学」

 

せどりとの出会い

回収日の前日には、
近所の集積場を徘徊するのが習慣になりました。


雨風しのげる家はあるものの、
していることはホームレスと何ら変わりがありません。

彼らは、空き缶やダンボールを拾って
お金に変えています。

(1トンで5000~6000円程度になるそうです。)



僕に残された生きる手段は、
廃品回収拾いしかありませんでした。


今冷静に考えれば、決してそんなことはないのですが、
当時は本気でそう思い込んでいました。

目をぎらつかせて、売れそうな本をチェックします。


「拾う」という言葉につけるには、
ふさわしくないかもしれませんが、
「必死」に「拾い」ました。



ある本が4000円で売れたときは
飛び上がりました。

天にも昇る気持ちになりました。

お祝いに松屋に行って牛丼を食べたのを覚えています。



しかし、「終わりの時」はすぐに訪れました。

廃品回収拾いは、障害が多すぎました。



天候に左右されるので、
「仕入れ」を安定的におこなうことができません

ほんの少しでも雨が降ると、水を含んだ本は売り物になりません。

ドライヤーで乾かしても、
「カピカピ」に乾いて、ページが張り付きます。



また、大量の古本をかかえて、部屋に入るのを
隣の部屋の住人に見られたこともありました。


手にしているのは、
「お金になるお宝」だと僕は思っていますが、
隣の住人から見ると、そうではありません。

 
「ゴミ」と「そのゴミを抱えた不審者」
にしか見えなかったと思います。


直接何かを言われることはありませんでしたが、
ばつが悪い思いをしました。


出会った瞬間は、
何をしているのか検討がつかないのでしょう。

「きょとん」とした顔をしています。


しかし、押している荷台などから、
僕のしていることがわかったのでしょう。

表情がこわばっていきます。

「軽蔑しきった表情」に徐々に変わっていきます。

正直こたえました。



そして何より決定的な障害は、
収入にあまり繋がらなかったことです。


捨てられるだけあって、
廃品回収の古本は、売り物にならない本や
古新聞がほとんどです。

利益を出せる本は、ほとんどありません。


そして、集配場に出ている本を見ただけでは、
利益が出せる本かどうかの判別も、そもそもつきません。

(後から知った知識ですが、1日200冊もの書籍が出版されています。
表紙だけで「売れる本」を見極めるのは、よっぽど著名な本をのぞき不可能です。)



利益が出る本はほとんどないし、
あったとしても、どれが売れるかわからない。


そこで、

手当たり次第にそれっぽい本を大量出品して、
売れるかどうか確かめる


が廃品回収拾いの基本戦略になります。



この手法は、「後始末」がとてつもなく重労働です。


売れ残った本は、再度紐でくくり、捨てに行きます。

重い本は、くくるだけでも一苦労。


それだけでなく、
回収日までは部屋に置くので、生活空間を侵食します。



それでも、拾ってくるときは、まだ良いんです。


「高く売れそうな本だけど、いくらで売れるだろうか。」

お金になることを思うと、「希望」があります。


しかし、戻すときには、そんなものはありません。

「徒労感」が体中に広がります。


この世に存在した拷問の中で、
「どの拷問が一番苦痛か?」を特集した雑誌を見たことがあります。

残虐で目を被いたくなるような内容ばかり紹介されれいる中で、
1位になったものは、意外性もあり記憶に強く残っています。


第二次世界大戦中に、ナチスドイツが行った拷問で、
「囚人に丸1日かけてただ穴を掘らせる。
そして次の日に、1日かけて埋めさせる。」
という内容でした。


その雑誌によると、
「意味を見いだせない」無意味なことは、
最も厳しい拷問の一つだそうです。


話のレベルは違いますが、
自分の手で拾ってきた「廃品回収の残骸」を
また捨てに行く行為は、「意味を見いだせない」とまではいきませんが、
僕にとっては決して「有益な行為」とは思えなかったです。




天候にも左右される。

隣人に見られて気まずい思いもする。

生活空間を侵食する。

大量に拾ってきて、大量に捨てる。


それでいて、稼ぎにならない。 



「元手のかからない最強のビジネス」
だと思って鼻息荒くはじめた廃品回収拾い。

 
少ないながらもお金を稼げたとは言え、
ビジネスとして続けられませんでした。

 
「振り出しに戻った」気分でした。

せどりとの出会い

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Tさんとの縁は、ヤフオク!がきっかけでした。


「ブックオフで仕入れて、ヤフオクで売って月30万円稼ぐせどりの方法」
というイーブックを購入しました。

その作成者がTさんでした。



廃品回収拾いも「せどり」に繋がってはいますが、
かと言って、廃品回収=せどり、ではないと思います。


僕のせどり生活は、
Tさんのイーブックを買ったところから
実質始まりました。



メールで何通か質問をしているうちに、
話した方が早いということになり、
家が近かったこともあって、居酒屋で一緒に食事をしました。

そこで「せどり」について直接教わりました。


マニュアルの内容から、ある程度の概要はつかんでいましたが、
文章を読むのと、直接膝を合わせて話を聞くのでは、
やはりインパクトが違います。

本人の口から語られる内容は、何倍も重みを感じました。



Tさんのせどりは、「セット売り」をうまく使う手法です。
 

ブックオフで攻略本を仕入れて、
ヤフオクでセット売りで出品します。

ゲームの攻略本は、一つのタイトルに対して、
複数の出版社から発刊されていることがほとんどです。

購入者からして見ても、「多角的な角度で」攻略法を知りたいと
思っているので、そのニーズをうまく満たすのがTさんの手法です。



当時は今ほど「インターネットでモノを買う」ことが
一般化していませんでした。


「5000円の壁」というものがあって、
インターネットだと5000円以上のモノは売れない。

「インターネットで販売している会社は、
顔が見えないから信用しきれない」

という風潮が強くありました。


また、モノを買って、
「送料がかかる」ことも抵抗がある人が多かったです。

後から体験してわかったのですが、
「送料無料」とすると、「商品価格+送料分」の値段よりも
結果的に高く売れることがよくありました。



攻略本のセット売りであれば、

〇単価が低いので5000円は超えない。

〇それでいて、セットで売れるので、
1冊売りに比べて単価を上げることができる

〇複数セットで売ることで、1冊あたりの送料を安い印象を与えられる


という、当時の流れにうまくのった手法であると感じました。


さらに言うと、

〇ブックオフで105円で投げ売りされている攻略本を狙うので、
元手がほとんどかからない

(廃品回収拾いは、元手が一切かからないので、
利益率は非常に高かったですが、
「手元にあるお金」は底をつきかけていました。 )


〇「セット売り」にしただけで付加価値がつくので、
目利きがいらない。

(当時は、携帯サーチなんてものはありませんでしたので。)


これらも、
Tさんの手法を真似る決め手となりました。


出会う前は、メール対応がとても丁寧だし、
Tさんの実直な人柄のおかげで、
「怪しい」と言う思いはありませんでした。


しかし、

「本当にビジネスとして成り立つのか」

「元手なし人脈なし度胸なしで何の社会経験もない
自分にも月30万円ものお金を稼げるのか」


という思いはありました。


しかし、

出会った後は、
「疑問」が完全に氷塊したというわけではありませんが、
Tさんを信じてやってみよう!という気持ちになっていました。


3ヶ月で20万円を稼ぎ出す


この出会いをきっかけに心の中でTさんを師匠と仰ぎ、
手法を模倣させてもらいました。


食事のときに取ったメモの内容やイーブックに書いてあることを
一つ一つ丁寧に実行します。


ブックオフにキャリーバッグを持って仕入れに行き、
安売りされている攻略本を朝から晩まで買いあさります。


うまくはまって結果を出すことができました。



2ヶ月目で8万円の利益。

3ヶ月目で20万円の利益。



お金を稼ぐことをあれほど「渇望」していたわりには、
当初思ったよりも「あっさりと」到達した印象です。


どこか「拍子抜け」した感覚さえありました。

独立してお金を稼ぐことは、
もっともっと大変なことだと思っていました。


終わりのない試行錯誤に、血のにじむような実行。

それだけのものが求められると思っていました。


自分なりには一生懸命頑張った自負はあります。

苦労したことも、もちろんあります。

ブックオフに通い続けたのは、まぎれもなく僕自身です。


それでも、成功要因を1つだけ挙げるのなら、
Tさんと出会えたことです。

「良い師匠」と出会うことで、
「簡単に」とは言いませんが「スムーズに」お金を稼げることを
身をもって知りました。


20~40万円の安定した収入

攻略本のセット売りだけでも、
生活できるだけの収入は得られたのですが、
ブックオフせどりに興味を持ったので、

生活できるだけのお金を稼げるようになりました。


少しずつ「販路」や「取り扱う種類」を広げていきました。

販売をヤフオクからAmazonに広げる。

攻略本のセット売りだけでなく、
書籍であれば全てのジャンルを取り扱う。

攻略本いがいにも、
単C、プロパー、雑誌、大型本、児童書 など、
ブックオフの全ての棚を仕入れ対象にする。


ブックオフせどりで、 数年間にわたって
生活していく分には充分なだけの収入を「ゆる~く」稼ぎ続けていました。


数字にすると、
月商100万円 利益率30~40%程度くらいをキープ。

仕入れに行くのは、週に2~3回程度。
 


AmazonFBAのサービスがまだ開始していなかったので、

・本を置く場所の確保
・発送作業の手間

を全て自分で引き受けなくてはなりません。



仕入れ時間を増やせれば、
収入も正比例して伸びていくことはわかっていましたが、
何より「生活空間の浸食」が嫌だったので
これくらいの収入で充分でした。

必要以上にガリガリと仕入れはしませんでした。 

 

月収100万円突破


しかし、あることをきっかけにして、
売上と利益が文字通り倍増することになります。



テレビのチャンネルを
なんとなく回していたときのことでした。 

(今も昔も、テレビ番組はあまり見ません。
今はテレビすら家に置いていません。)


たまたま目にしたその番組から目が離せなくなりました。

画面に「釘付け」になりました。


せどりが特集されている番組だったからです。



不景気のせいで、給料が下がっているタクシーの運転手が
ブックオフで携帯片手に仕入れ。

本業の収入が右肩下がりなので、
給料をもらっても自分の好きなものは買えない。

自分のお小遣いを、せどりで稼いでいる。


大体こんな内容だったと思います。

今ではせどりと言えばお小遣い稼ぎの代名詞みたいになっていますが、
このように特集されることはありませんでした。

せどらーにとっては、「画期的」と言ってもいいと思います。


野中が月収100万円をせどりで越える「きっかけ」は
この番組からもらいました。

・・・と言っても、
タクシーの運転手からヒントをもらって
売上が増えたとかいう話ではありません。


売上と利益が増えたのは、仕入れに全身全霊を打ち込んだからです。

そのきっかけをもらったのが、このテレビ番組ということです。



スタジオでは、何人かの評論家が
おおむね好意的なことをコメントしていました。


月商20万円 利益率30%の数字が出たときは、
演技ではなく心の底から驚いているように見えました。


「せどり」という言葉は、世間での認知度は「ほぼゼロ」なので、
「新しい副業の形」と持てはやされていました。

新しいスタイルのお金の稼ぎ方として、
せどりが脚光を浴びています。



僕は、「奇妙な気分」になりました。

ネットビジネスのセミナーや懇親会でさえも、
「せどり」のことを知らない人が数多くいた時代です。

今まで存在を知られず穴の中に潜っていたのに
(自分のことではないにせよ)急にスポットライトで照らされて
少しむずがゆいような気分になりました。



ネットビジネスをやっている人でも、 
認識が薄く、知っている人でも、
「せいぜい月数万円稼げれば上々」と思われていました。


「どんなに頑張っても月商30万円が限度」

とか

「せどりをするならアルバイトをした方が稼げる」

と、
今では信じられないことをメルマガで流している、
ネット界の有名起業家もいた時代です。


せどりの可能性が低く見積もられすぎていました。

せどらーと言うだけで、
「貧乏人」とレッテルを貼ってくる人もいたくらいです。

(当時は稼いでいる人がエラい人という風潮が今以上に強かったです。)



テレビでせどりが取り上げられて、
自分のしている仕事が認められたゆえの「微妙な高揚感」。

あまりにも理解が及んでいない
ネット起業家たちへの「反発心」。


果たして、
「せどりにはどれくらいの可能性があるのだろうか?」
と、身をもって試してみたくなりました。

見返してやりたいとの思いもあったと思います。


『しっかりと仕入れをすれば、
どれくらい収入を増やすことができるのか。』


チャレンジすることにしました。

そのときは、週に2~3回の仕入れで、
月商100万円 利益率30~40%程度。


『どこまでこの数字を増やすことができるのだろうか。
そのために何ができるだろうか。』



まず、仕入れに行く日数を増やしました。


近場だけではなく、仕入れ範囲も広げました。

東京都内のブックオフは、
駅から徒歩10分以上の立地にあるお店以外は全て行きました。

都内にある100店以上ブックオフ全てが
仕入れ対象です。


さらに、Amazonの在庫切れを抽出できるツールを使い
プレミアリストをリサーチ。
頭の中にたたき込みました。



せどりにかける時間を増やしたら、
着実に収入は伸びていきました。



2008年10月についに大台を突破します。

月収100万円突破。

25歳の誕生日から1ヶ月が経ったときに
僕は100万円プレイヤーになりました。


月収100万円稼ぐための出品納品の苦痛さ


FBAや代行を使う前は
どのように作業をしていたのか、振り返ってみたいと思います。


出品は、一度に数百冊もの本を処理します。

ダンボールに入った大量の本を、
開封して机の上に並べます。

これだけで「一苦労」でした。


大型本が多かったので、
平均すると、1冊500グラムほどありました。

数百冊だと、重量が200キロとか300キロあります。

小分けして運んでいるとは言え、嫌になる重さです。


また、これだけ量があると、部屋がホコリっぽくなるので、
出品作業のホコリから身を守るためだけ空気清浄機を買いました。



1冊1冊コメントをつけて、出品が終わったら
家の倉庫にある棚に収めます。

このときも200~300キロの本を、また運ぶことになります。


発送は、出品ほどで扱う数は多くありませんが、
それでも多いときは一度に200冊発送します。


数千冊ならぶ棚の中から、売れた本をピッキング。

梱包スペースに何往復かして、運びます。

一度に全ての値札剥がしをしようとすると、乾いてしまって
できませんので、グループに分けて値札剥がしを浸透させます。

Aグループに浸したら、次はBグループ、さらにCグループ。

ここまですると、始めにつけたAグループが剥がれ時になっているので、
Aグループを剥がす。

同時並行で、Dグループにも浸していく。

と言った流れです。


次はクリーニング。

専用の洗剤で本の表紙と背表紙をきれいにします。

古本なので、ホコリっぽいものも多く
使っているティッシュが真っ黒になります。


次は封筒詰めです。

納品書と宛名を印刷して、封筒に本と共に入れます。

印刷する枚数も尋常ではない数なので、
常にプリンターで印刷している状態でした。

1週間に1度は黒インクを交換してましたからね。


あとは、ヤマト運輸に集荷に来てもらって終わりです。


どんなに効率化しても、1冊あたり3分の梱包時間がかかるので、
200冊送るときは、
10時間ぶっ続けで梱包していたこともありました。



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大量の本を扱っていて、
「一番キツかったこと」は何かと言うと、
「内蔵が痛くなる」ことでした。


出品するにせよ、発送するにせよ山となっている古本を
「抱えて」運ばなくてはなりません。

1階の倉庫から、2階の作業場まで何往復もしなくてはなりません。


画像のように真ん中あたりの本が、
体に寄ってきて内蔵を圧迫します。

目線の高さまで積み重なった本が傾いてくるので、
「お腹」で支えるしかないからです。

内蔵が痛くなると、ご飯が食べられなくなることがよくありました。


せどりと言うと、
「ただあるものを横流しているだけ」で
「何の苦労や工夫も発生していない」
と思っている方もいますが、そんなに甘いものではありません。

少なくとも当時の古本せどりは、そんなに「お気楽な」ものではありませんでした。


横流すだけであっても、
大量の本を購入して出品して発送する「物流」を考えなくてはいけません。

全て一人でまかなっていた僕には、
それらの作業はまぎれもなく「肉体労働」でした。


あまりの重さに腕が上がらなくなることもよくありました。

真夏には、汗だくになるので、
下着を3回も着替えながら作業していました。


月収200万円越え

さらに追い風が吹きます。

AmazonのFBAが始まりました。


それに伴って、
FBAに出品納品してくれる代行業者も出てきました。


これらを使うことにより、
仕入れの時間をさらに増やしました。

今まで出品と発送していた時間を、
そのまま仕入れ時間に費やしました。



出品とか発送は「苦痛な時間」でしかありませんでしたので、
FBAや代行業者を使うことで、とてつもなく楽になりました。

FBAと代行業者が使えるようになって売上と利益が増えたのは
もちろん嬉しかったのですが、
この「肉体労働」である「苦痛な時間」から開放されたことの方が
嬉しかったです。



アウトソーシングすることで、
出品納品していた時間も仕入れに足を運べるようになりました。


さらに売上と利益が増えるの好循環。


FBA代行業者の売上の3分の2を
一人で占めていた月もありました。


2010年の9月には
過去最高の売上である月商660万円を突破。

代行代金を引いても、利益率は30%は越えています。


月収にして200万円越え。


今でこそ、仕入担当を入れていますが、
コツコツと築き上げた評価10000という数字は
全て一人で積み重ねた数字です。

1冊あたりの単価が1300~1400円程度なので、
この月だけで見ると、5000冊近くの本を売ったことになります。

5000冊の本だと重さにして
2000~2500キロくらいあります。

大型本やハードカバーの本は筋肉が
引きちぎれるくらい重いです。


車を使わずに、電車仕入れのみで
1ヶ月に2.5トンもの本を一人で仕入れしていた計算です。

今、振り返ってみても、我ながらよくやってたなと思います。


ブックオフでレジに、カゴ10個以上買うことは
「普通によくある」ことでした。

量が量だけにレジ打ちが終わるまでに、
1時間以上かかることもあります。


とにかく仕入れにいくために足を動かし続けました。

Amazonセラーカンファレンスへの招待


ある日、Amazonから招待状が届きました。

Amazonセラーカンファレンスというイベントへ
参加しませんか、というお誘いでした。

社長と名刺を交換したAmazon主催の集まり
amazon セラーカンファレンス


Amazonセラーカンファレンスは、
Amazonが有力セラーとコミュニケーションをとる機会をもうけて
「囲い込む」ために一日がかりで行うイベントです。


1部は、パネルディスカッション。

Amazonが今後どのようにビジネスを
展開していくのか幹部から説明されました。

2部は、立食パーティー。

Amazonの社員や各セラー同士で交流します。


本やCDなどのメディア以外にも、
ファッションや食品、家電、食品、スポーツ用品 など
様々なカテゴリーの出品者が呼ばれます。



招待される条件は、公式には教えてくれませんでしたが、
売上上位150社にランクインしているのが
本の場合は一つの基準であると、Amazonの社員から言われました。




イベントを成功させるためにAmazonは力をかけています。

お金をものすごくかけてました。


六本木のリッツカールトンホテルの大会議室を借りていました。


2部の立食パーティーでは目の玉が飛び出るような値段のワインや
とびっきり美味しいお肉がふるまわれました。

(生涯最も美味しかったお肉は、このとき食べたものです。)



招待されている方も、普通ではありません。

年商「億越え」は当たり前。

というか、それくらいが「最低基準」かと思わされるほど。
 
マーケットプレイス業界での有名人が招待されていました。


 
関東圏なら誰もが名前を知っている古本屋をチェーン展開している方

200万冊以上の在庫を抱えている方

倉庫を3つもかかえて、従業員を100人以上雇用している方

Amazonの評価が、”年間で”30000以上増える方



野中は、売上がある程度の規模があると言っても、
あくまで個人レベルの話。

話を聞いていても、取引の規模からして次元が違いました。


「居づらさ」もあったのですが、
マーケットプレイス界の「雲の上のトップ集団」と交流できたのは
貴重な経験でした。



「Amazonの評価が、”年間で”30000以上増える方」とは、
お付き合いするご縁に恵まれて、
後日発送倉庫を見学させてもらいました。

自宅を倉庫と作業場代わりにしていた野中とくらべると、
その様子はまさに「圧巻」でした。



立食パーティー中に嬉しかったことがあります。

Amazonの社員に何を扱っているのかと聞かれて答えていると、
その社員は「せどり」で招待されるだけの売上を上げていることに
大層驚いていました。

そして、こう言われました。

「せどりで招待されたのは、野中さんだけですよ。」

と。


そして、その社員が把握している限りにはなりますが、
せどらーとしては、恐らく日本で一番の売上だろうとも言われました。


トップセラー達と交流していても、「せどり」しています、
というと、「せどりってそんなに稼げるの!?」と目を丸くする方も
何人もいました。

(倉庫を見学させて頂いた方も、そうです。)



『せどりでどこまで稼ぐことができるのか』

それだけを追い求めて頑張ってきたので、
「してやったり」という気分になりました。

社長と名刺を交換して担当者がつく

日本AmazonのCEOである
ジャスパー・チャン氏とも名刺交換させて頂きました。


偉そうな感じは一切なく、物腰柔らかいのに
「芯が通っている」印象を受けました。


慕われている様子が伝わってきます。


社員たちから、「ジャスパー!」と
ファーストネームで呼ばれて、
ニコニコしながら手を上げるさまが印象的でした。


セラーがまわりにいる手前、
きもち「厳格」にしているようにも見えました。

恐らく、会社では、
もっともっとくだけているのでしょう。


それでも、
自然とあふれ出てくる「雰囲気の良さ」がただよってきます。


Amazonの社風を表す

「work hard have fun make history」

という、僕も好きな言葉があります。


恐らく社長も社員も「楽しんで」仕事をしているのは、
少なくともその部分だけは、「醸し出す雰囲気」から
自分の実感として感じることができました。




Amazonセラーカンファレンスに参加して数日たつと、
担当者がつきました。

担当直通の電話番号を教えてもらいました。

どこまでの権限を有しているのかは分からないのですが、
わからないことや困ったことがあれば、相談に乗ってもらいました。

今でこそAmazonのカスタマーセンターは丁寧な対応をしてくれますが、
当時はアメリカ企業ゆえの「杓子定規な」対応しかしてくれなかったので、
非常に助かりました。

 

 

せどりの休止と復活


利益額としては絶頂を迎えていたこのころから、
とある事情があって、2年半ほどせどりから退いていました。

理由はブログに書きません。

もし気になったなら、メッセージを頂ければお答えいたします。



そしてまたとある事情があって、
また、せどり界に復帰することになりました。



古本ではなく、流行りに乗ってみて
オールジャンルな新品商品をせどるようになりました。

家電やおもちゃ、キッチン用品、
CD、DVD、ゲーム、などです。


さすがに2年半も現場を離れていると、
モノレート(旧amashow)などの便利なツールができていたり、
スマートフォンが携帯サーチの主流になっていたりと、
以前とは業界の様子がすっかり様変わりしていました。

「浦島太郎」みたいな気分です。


同じように結果を出すことは難しいかと思いましたが、
心配は杞憂に終わりました。


初月で月商100万円

2ヶ月目で200万円

3ヶ月目で300万円

と、倍々ゲームで売上を伸ばして行きました。

利益率は30%近くです。


仕入れる店舗がブックオフだったのが、
ヤマダ電機に変わったりと、
細かいテクニックや手法に違いはありますが、
根本に流れる「本質」は中古でも新品でも変わりません。


休止期間の前と同じように、
これからもせどりで食べていくつもりでした。

ブログやメルマガを通して、コンサルを募集して
人を育てる気持ちは特にはありませんでした。

そんなことをしなくても充分稼ぐことができますから。

野中がこうやって情報発信をする理由

しかし、情報発信をして、
せどりで稼ぐ人を増やすことにしました。


大学生時代の友人に出会ったことがきっかけです。

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卒業以来5年ぶりに偶然出会いました。


池袋のサンシャイン通りを歩いているところを見かけたので、
もしかしたらと思って声を掛けてみると
案の定学生時代の友人でした。


昔の話で盛り上がって、そのまま飲みに行きました。


見かけたときから、何となく感じていましたが、
居酒屋の席に座って、落ち着いて観察すると、
その彼はくたびれた印象を受けました。

生気が薄れています。


笑顔と雰囲気がさわやかゆえに、
「プリンス」と呼ばれていた彼の面影はどこにもありません。

雰囲気が「すす汚れた」気がします。


都内の医療系の会社に勤めていて、
セールスをしていると言っていました。


彼の口から出てくるのは、後ろ向きな言葉ばかり。


融通の利かない上司。

片道1時間かかる満員電車。

顧客から怒鳴られる営業。

考え方が違いすぎて、どう扱って良いのかわからない新人。

どんなに売っても評価に反映されない評価システム。


サラリーマンとは「生来そんなもの」と言えばそうなのかもしれませんが、
聞いているうちに、彼自身のことが純粋に心配になってきました。


いささか「被害者意識」が強すぎるように思えましたし、
自分で選んでその会社を選んだわけだし、
「自己責任」という側面もあると思います。

しかしそれでも、
話を聞いていると、あまりにも不憫に思えました。


「辞めたいけど辞めても他に行くところがない」と言っていたので、
会社に勤めることが絶対的で、「選択肢」は他にない、
と、思っていたのでしょう。


旧友が置かれている状況は、「あんまりな」状況なので、
力になれると思って、
僕がお金を稼いでいる方法を伝えました。


せどりで、お金を稼いでいること。

本気でしっかりと取り組めば、
月収50万円とか100万円は余裕で到達すること。

素人レベルでもすぐはじめられて、専門知識も特に必要ないこと。

好きな時間に好きなように働くことができること。

リスクが低くて、即金性が高いビジネスであること。


僕の思いが伝わったのか、彼も真剣なまなざしで
話を聞いてくれます。


一通りせどりの良さを伝えたあとに、

「良かったらやってみないか?」

と誘いました。


しかし、彼はクビを縦にふることはありませんでした。



彼の状況を聞きながら、
昔の悲惨だったときの自分を思い出していました。


職につくこともできずに社会から完全にドロップアウトして、
毎日が絶望でしかなかったこと。

全財産が9万円しかなくて、明日の生活すらも困る状況。

5人前で88円のパスタを茹でてものに
醤油をかけて食べる極貧生活。



僕はせどりと出会って、
大きく人生を変えることができました。

『もし、せどりに出会えてなかったら、
今ごろどうなっていただろうか』
 
恐らくは、しがないフリーターになっていて、
「その日暮らし」の毎日だと思います。


彼の話を聞いていると、そんな昔の状況が思い出されます。

今の彼と昔の自分を重ね合わせていたと思います。



僕はせどりに出会えて本当に良かったと心の底から思えます。

「金持ち」とか「富豪」までの道は、
まだまだ遠いですが、
それでも好きなことにお金を使えるようになりました。


趣味の海外旅行は年に2~3回行けるようになりました。

ファミレスは値段を見なくて注文できるようになったし、
気になる漫画があれば大人買いして、一気読みできるようになりました。


30万円とか50万円するような高額セミナーにも
一括払いで申し込めるようになりました。 


せどりと出会っていなかったら、
こうはなっていなかったでしょう。

せどりには感謝してもしきれないと思っています。



自分一人で独立して稼ぐだけなら、
このまま続けていくことができます。

しかし、同級生との出会いで気持ちが変わりました。


彼やかっての自分のようにに追い込まれている
人たちに、新しい選択肢を与えたいと思いました。

せどりで稼ぐ人を増やしたいと思いました。


その目的の一環で始めたのが、このブログです。

野中が今後したいこと

「もう既に充分稼ぎました」「業界への恩返しです」

よく稼いだ人が、
こういう「きれい事」を言って情報発信をしていますが、
僕の場合はそうではありません。


嘘偽りのない本音で言いますが、
僕のビジネスの主目的は「営利追求」です。

ビジネスをする理由を上から順番に並べた場合、
一番最初に来るのが「お金のため」です。


こうやってブログを更新したり、
メルマガを発行したりしているのは、
お金を稼ぐためにしています。



しかし、

「お金さえ稼げれば何でもするのか」
「悪魔に魂を売り払うのか」

と聞かれると、さすがにそんなことはありません。

キッパリと「NO」と言います。



お金を稼げるのなら、「前提」があるのなら、
僕は、「自分の思い」を乗っけられる方を選びます。

お金だけをただ追求するのではありません。


お金を稼ぎつつも、
自分の作りたい世界に近づいてもらう
ビジネスをしていきたいと思っています。


このブログやメルマガを通して作りたい世界は、
彼や昔の僕のような人を、稼がせることです。 



せどりでご飯を食べれる人を増やします。


そして、さらに
人を使って欲しいです。

外注化して、
他人でもできることは人に任せてほしいと思っています。

仕入れまで人に任せるようになるのは、
ハードルが高いですが、出品納品を人に任せることは難しくありません。


外注化省力化していると、自然とさらなる広がりを見せると思います。

卸から仕入れたり、

中国輸入をしたり、

輸出で販路を拡大たり、

するのは「あり」だと思っています。


いずれにせよ、「ただのプレイヤー」でい続けるのではなく、
物販を広げていく「仲間」と一緒に切磋琢磨していきたいと思います。


今後は、

①せどりでご飯を食べられる人材の育成

②外注化省力化組織化


していく仲間を増やしていきます。



以上ここまでが、野中貴智の
過去の話とこれから先の話になります。


ここまで読んでくれて、ありがとうございました。

サブコンテンツ

運営者: 野中 貴智



廃品回収拾いをきっかけにせどりを始める。
10年以上稼ぎ続けて、今やAmazonの評価は10000以上。
累計売上高は数億円にのぼる。
趣味は、海外旅行。
詳しいプロフィールは、こちら

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